茨城県観光ガイドうぃーくえんど茨城
常総市新石下にある「常総市地域交流センター」は、豊田城の愛称で親しまれている城郭風の建物です。 遠くからでも目を引く立派な外観が特徴で、メインは地域の歴史や文化にふれられる展示室。 その他に図書室やホールなども備えた交流施設となっています。
館内では、常総市周辺の歴史を学ぶことができ、最上階の展望室からは市街地や筑波山方面を望むことができます。
お城のような見た目も写真映えするため、歴史散策やドライブ途中の立ち寄りスポットとしてもおすすめです。
【団体(20人以上)】一般 320円、小中学生 160円
※令和9年3月31日まで観覧料無料!
豊田城の前に長塚節の銅像があります。
長塚節の詩が刻まれた石碑です。
常総市を代表する郷土作家─長塚 節(ながつか たかし)。
若くしてこの世を去った節は晩年、自らの足で各地を旅し、自らの目で見たその景色を、多くの短歌に残しました。 明治31年「新小説」の第8回懸賞和歌に、初めて公表した作品
「惜しまるる花のこずえもこの雨の晴れてののちや若葉なるらむ」
館内案内
1階:ホール(1,000人収容),ロビー 2階:ホール,図書室 3階:展示室(常総市の歴史) 4階:展示室(常総の産業,企画展示室) 5階:フリースペース(休憩フロア) 6階:展示室(長塚節デジタル展示室) 7階:展望室
エレベーターは6階まで登ることができます。
エントランスホールの天井付近には、「前九年の役 赤須四郎率いる豊田郷兵 阿武隈川一番乗りの図」が掲げられています。館内に入ってすぐ目に入る迫力ある絵画で、豊田氏ゆかりの歴史を感じられる見どころのひとつです。
エントランスを入ってすぐのロビーには、常総市の伝統産業である”いしげ結城紬”の美しい着物が展示されています。上品な風合いを間近で見ることができます。
「豊田城主毒殺の場」を再現したものです。
エレベーター前で待ち受けるリアルな門番。ここから豊田城のディープな歴史の旅がスタート!
左は”紺糸威 五枚胴具足”。右は”黒地紋九曜紋付陣羽織” 。
大高山 證誠院 願牛寺
高札場
左は”薬師如来坐像” 右は”阿弥陀三尊像”
飯沼新田開発の様子(ジオラマ)
鴻野山地区の貝塚調査で見つかった竪穴式住居跡から復元した模型を展示しています。 今から約6千年前のもので、縄文時代前期の関山式期と呼ばれる時代のものです。
バーチャルフィッティング技術により、昔の衣服着せ替え体験ができます。小田家伝来の鎧を是非着用してみましょう。
石下でも江戸中期頃(元禄期)には、すでに酒造りが行われていました
戦国時代の食事等の再現模型が展示されています。今の食事との違いを見比べてください。
桐下駄は室町時代から生産され、江戸中期以降に一般必需品として需要が高まり、当地方も旗本の桐の植付け奨励策等により産地化し、鬼怒川を利用して盛んに出荷されました。 鬼怒川流域(結城地方)は、福島県会津地方等とともに桐下駄の生産地として知られています。しかし、昭和30年頃を境として下駄の需要は少なくなり、生産高は減少しています。
伝統産業『結城紬』を支えた農家の暮らしを再現したのどかなジオラマ。
いしげ結城紬は、経糸に生糸、緯糸に真綿の紡糸を使い、主として絣模様に織り上げた正絹織物です。 嘉永3年(1850)頃に至り、高機の導入により生産が増え、明治後期から大正にかけての技術改良により、紬御召絹綿交織縮等も新製品も開発され、織物産地の基盤が確立され今日に至っています。
藍染め作業
室内中央には椅子とテーブルを配置し、気軽に休憩やおしゃべりができるフリースペースになりました。
自動販売機も稼働しており、館内を巡ったあとのひとやすみにちょうどいいスペースになっています。
東側からぐるりとめぐる巨大黒板。
撮影当時のものとこのフロアは現在は変更されています。 後日に再撮影依頼をいたします。
節の部屋を復元しています。室内に置かれた荒削りの粗末な机が、当時を物語っています。
この部屋は、昭和52年10月に明治期の図書室部分の古材を使用し復元し、石下町民俗資料館(現常総市民族資料館)に展示保存していたものを地域交流センターに移設したものです。
明治39年当時、長塚節の旅姿のジオラマ。