玉里史料館(小美玉市)

小美玉市の歴史を考古資料を中心に通史的に展示しています。寛永二年に製作された古い絵図「霞ケ浦絵図(模写)」が展示されており、霞ケ浦全体を表した絵図は、これが唯一で、この玉里史料館でしか見れません。

所在地 〒311-3433 茨城県小美玉市高崎291-3
問合せ先 TEL:0299-26-9111 FAX:0299-26-9261
開館時間 9:30~18:00
休館日 月曜日・国民の祝日・年末年始
料金 無料
サイト https://www.city.omitama.lg.jp/0067/info-0000000053-2.html
アクセス 【車】

  • 常磐自動車道「千代田石岡IC」から約35分

【電車】

  • JR常磐線「高浜駅」下車、関鉄バス鉾田行き「松山」下車、徒歩約15分(タクシー利用可)
  • 鹿島鉄道鉾田線「常陸小川駅」下車、関鉄バス(石岡行)で「松山」下車、徒歩約15分(案内標識あり)
駐車場 無料駐車場有り

こちらが玉里史料館です。

海とともに暮らす~縄文時代~

縄文時代の霞ケ浦は穏やかな内海でした。貝や魚、獣、木の実といった、海の幸に恵まれ、生活した貝塚人がいました。

土地を耕し始めた人たち~弥生時代~

弥生時代の後半ころ、ちょうど2,000年前から、玉里の地に農耕を始めた弥生人が登場します。

地方王権の時代~古墳時代~

天然の良港である高浜入りを中心に、水上交通を掌握し、生産性の高い豊かな土地を背景に、この地に有力な豪族が誕生します。その豪族の墓である古墳が、玉里には数多く造られます。

新制国家~古代~

律令制が始まり、中央集権国家となった時代でした。

乱世を生きる人々~中世~

武士が覇権を争った混乱と不安の世に、たくましく生き抜く人たちがいました。

玉里地区の歴史を映像と地形模型で紹介しています。

霞ケ浦とともに~近世~

霞ケ浦という内海の特徴を活かし、水運が発達した時代でした。また、高浜入りは、玉里御留川に指定され、水戸直轄の漁業地として発達しました。

霞ケ浦絵図(模写)

寛永二年(1625)に製作された古い絵図です。このような霞ケ浦全体を表した絵図はこれが唯一で、大変貴重な資料です。

高瀬舟

霞ケ浦、利根川水系で活躍した貨物運搬用の大型の川船で、米500~600俵を積むことができました。

小美玉市民家園

江戸時代中期の富裕な農家であった、旧小松家住宅を移築しています。

こちらになります。

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